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松江地方裁判所浜田支部 昭和34年(わ)14号 判決

被告人 竹下基之 外六名

主文

被告人河相弘を懲役壱年弐月に、

被告人坂本昌雄を懲役壱年に、

被告人竹下基之を懲役八月に、

被告人岩崎将名を懲役五月に、

被告人舟木泰治郎を懲役四月に、

被告人野上卯太郎、同山根安太を各懲役三月に処する。

但し、本裁判確定の日から被告人河相弘、同坂本昌雄、同竹下基之に対し各参年間、被告人岩崎将名、同舟木泰治郎、同野上卯太郎、同山根安太に対し各弐年間右各懲役刑の執行を猶予する。

被告人舟木泰治郎に対し押収にかかる現金五千円(浜田検領置票第一〇三号)は、これを没収する。

被告人舟木泰治郎から金三万円を、被告人野上卯太郎から金二万円を、被告人山根安太から金一万八千円を追徴する。

訴訟費用のうち、証人大塚芳男に支給した分は被告人河相弘、同坂本昌雄、同竹下基之の連帯負担とし、証人千代延定良に支給した分は被告人舟木泰治郎の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人らは、いずれも昭和三十四年六月二日施行の参議院議員通常選挙に際し同年五月七日全国区より立候補した鹿島守之助(鹿島建設株式会社取締役兼代表取締役会長)の前記選挙における選挙運動に従事したものであるところ

第一、被告人河相弘、同坂本昌雄、同竹下基之は、共謀の上、同候補者に当選を得しめる目的を以つて

一、同候補の立候補届出前において、いずれも選挙人であり、かつ、同候補の選挙運動者である別表(一)の(1)ないし(26)に記載の舟木泰治郎他二十五名の者に対し、それぞれ当時すでに立候補を予定されていた同候補者のため投票、ならびに、投票取纏等の選挙運動方を依頼し、その報酬として同表記載のとおりの各日時、場所において、同表記載のとおりの各現金を供与し

二、いずれも選挙人であり、かつ、同候補の選挙運動者である別表(二)の(1)ないし(10)に記載の野上卯太郎他七名の者に対し、それぞれ同候補者のため投票、ならびに投票取纏等の選挙運動方を依頼し、その報酬として同表記載のとおりの各日時、場所において同表記載のとおりの各現金を供与し、また主食の饗応接待をなし

第二、被告人河相弘、同坂本昌雄は、共謀の上、同候補者に当選を得しめる目的を以つて、同候補の選挙運動者である益田市大字中島五七八番地松本駒夫に対し同候補のため投票、ならびに、投票取纏等の選挙運動方を依頼し、その報酬として、現金五万円を昭和三十四年五月二十三日頃に広島市より同人方に宛て現金書留郵便を以つて送金し同月二十四日頃同人に受領せしめてこれを供与し

第三、被告人舟木泰治郎は、

一、前記第一の一別表(一)の(1)記載のとおり、その目的趣旨を諒して現金三万円の

二、前記第一の二別表(二)の(6)記載のとおり、その目的趣旨を諒して現金五千円の

各供与を受け

第四、被告人野上卯太郎は、前記第一の二別表(二)の(1)記載のとおり、その目的趣旨を諒して現金二万円の供与を受け

第五、被告人山根安太は

一、前記第一の二別表(二)の(5)記載のとおり、その目的趣旨を諒して現金二万円の供与を受け

二、同候補者に当選を得しめる目的を以つて、それぞれ同候補のため投票、ならびに、投票取纏等の選挙運動方を依頼し、その報酬として

(一) 昭和三十四年五月二十四日頃浜田市大字周布ロの一二〇番地原田孝治方附近道路上において、同候補の選挙運動者である同人に対し現金千円を

(二) 同日頃同市清水町四〇番地の二松阪文子方において、同候補の選挙運動者である近重秀雄に対し現金千円を

各供与し

第六、被告人岩崎将名は、

一、昭和三十四年五月八日頃広島市上流川町二三番地の一鹿島建設株式会社広島支店において、同候補の選挙運動者である竹下基之に対し、同候補に当選を得しめる目的のもとに島根県邑智郡および広島県三次方面における同候補の選挙運動者に供与すべき投票、ならびに、投票取纒等の選挙運動の報酬資金として金二十万円を自己に交付することを要求し

二、同候補に当選を得しめる目的のもとに

(一) 同候補の立候補届出前において、すでに立候補を予定されていた同候補のため投票、ならびに、投票取纏等の選挙運動をすることを依頼し、それぞれその報酬として

(1) 同年四月二十六日頃邑智郡羽須美村大字阿須那三十一番地の二の自宅前道路上において、同候補の選挙運動者である日高巌に対し現金千円を

(2) 同月三十日頃前記自宅において、右日高巌に対し現金千円を

(3) 同日頃右自宅において、同候補の選挙運動者である斎藤秀夫に対し現金千円を

(4) 同年五月四日頃右自宅において、右斎藤秀夫に対し現金千円を

各供与し

(二) 同月十一日頃邑智郡瑞穂町大字上田所六六〇番地洲浜兼松方において、同候補の選挙運動者である同人に対し同候補のため投票、ならびに、投票取纏等の選挙運動方を依頼しその報酬として現金四千円を供与し

第七、被告人河相弘は、同年六月十日頃広島市下流川町中華料理店英珍において、同候補の選挙運動者品川稔に対し同人が同候補のため投票取纏等の選挙運動をしたことの報酬とする目的をもつて、立川伝を介し現金二万円を供与し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人の弁解および弁護人の主張に対する判断)

一、判示第一および第二の各事実における被告人らの共謀の点。

前記各証拠を綜合すると、鹿島守之助候補の鹿島建設株式会社広島支店管内の広島県、山口県、島根県下における選挙運動は、事実上同支店総務部長である被告人河相弘が責任者となり、その下に同支店弘報課長である被告人坂本昌雄があつて、労務係社員の被告人竹下基之その他と相談して実際面の選挙活動がなされていたものであるところ、被告人河相弘は昭和三十四年四月中旬頃右支店において、被告人坂本昌雄から「石見方面で無料映画をするのに費用がいるし、告示も近ずいてきていろいろの運動に雑費がいり、運動の面でも考えなければならないことがあるから資金を出してもらいたい、法定の費用では足りないのだからそのほかに出してもらいたい」旨申入を受けたので、無料映画開催の費用もさることながら、第三者に選挙運動を依頼するにはまんざらただで頼むわけにはいかずどうしてもそれに対して骨折賃なり御礼の金を出さねばならず法定の費用のほかに選挙運動資金がいると考え、これを諒承して同支店経理課長に命じて同支店のいわる簿外資金から現金五十万円を支出せしめてこれを被告人坂本昌雄に渡させた上、これが使途については同被告人に一任した。

そこで右被告人は、同月下旬頃被告人河相弘の承認を得て、同支店労務係の被告人竹下基之を伴つて島根県石見地方に赴き、同被告人と共謀の上右現金五十万円のうちから判示第一の一別表(一)の(1)ないし(29)および第一の二別表(二)の(2)のとおり各選挙運動者に対し金銭の供与をなし、また同支店において同被告人と相談の上判示第一の二別表(二)の(1)、(3)のとおり各選挙運動者に対し金銭の供与をなし、さらに同年五月二十日頃同被告人から「石見を放つておくわけにいかないので、今まで頼んで歩いた選挙運動者らにもう一ふんばりしてもらうために頼んできたい」旨申入を受けたので、同被告人に対しさらに前記五十万円のうちから選挙運動者に対する報酬供与資金を含めて現金五万円を手渡し、「それでは石見地区え行つて、選挙がすんだら松江に行つて投票結果をうつしてきてくれ、資金もいるだろうから、これだけ渡すからこれでまかなつておけ」といつてその処理を一任した。

その結果被告人竹下基之は、これを持つて単身再び石見地方に赴き判示第二の二別表(二)の(4)ないし(10)のとおり各選挙運動者に対し金銭の供与あるいは酒食の饗応接待をなした。

なお、そのほかに被告人坂本昌雄は同月中旬すぎ頃島根県益田地区の選挙運動を担当していた松本駒夫から同地区の選挙情勢をきいた上前記五十万円のうちから判示第二のとおり同人に現金五万円を供与した。

ことが優に認められる。

しからば、被告人河相弘は判示第一、二の全部の事実につき、また被告人坂本昌雄は判示第一の一のうち若干の事実および第一の二の各事実につき直接にはその実行行為に関与せず、かつ、その供与の相手方の氏名、供与金額等を知らなかつたとしても、選挙運動者に対し公職選挙法第一九七条の二において定める交通費、宿泊料、弁当料等以外の報酬として供与されることを充分認識してその資金を共謀者に手交しているのであるから、共同犯行の認識があつたものと解せられ、右共謀者が現実に各供与の実行行為をなした以上共同正犯としてその罪責を免れないものというべきである。

二、判示第一の二別表(二)の(1)および判示第四の事実における被告人野上卯太郎に関する供与および収受金額の点。

右金額の点については、直接これに関係した各被告人は当公判廷においても当初現金二万円であつたことを認めていたが、第三回公判期日にいたり被告人坂本昌雄が「右金額はその後捜査機関の捜索を免れた合背広のポケットから発見せられたメモにより金一万円であることが判明した」として従前の自供を一部翻し、これに付節を合し被告人野上卯太郎は「検察官に対し収受金額は二万円ではなく一万円であると述べたが取上げてもらえず二万円に無理に供述をとられたが真実一万円である」旨を陳述し、被告人竹下基之もまた「右は一万円の記憶違いであつた」と述べているけれども、被告人坂本の右公判廷における供述によれば、右金額の認定に重要な資料となるものと思われる前記メモはすでに紛失して無いというし、記録に徴すると、被告人野上は昭和三十四年七月十三日右事実を被疑事実として逮捕せられ、同月十八日勾留せられていることが明らかなるところ、同被告人の同月十六日の検察官に対する弁解、同月十八日の勾留裁判官に対する陳述においてすでに右事実を認め日時の点のみ多少相違があると述べ、また同日の検察官の取調では警察においては五千円のみ認めたが真実は二万円であると述べていることが窮われ、さらに被告人竹下の同月十九日の検察官に対する供述および被告人坂本の同月二十五日の検察官に対する供述に徴してみても右金額は明確に現金二万円と述べられていることその他同被告人の社会的地位、鹿島派選挙運動者としての地位等彼此照らし合わせて考えてみると、右金額は現金二万円であつたものと認めるのが相当である。

三、被告人岩崎将名の判示第六の一の買収費要求罪の成否の点。

弁護人は、右要求のなされた相手方たる竹下基之は鹿島建設株式会社広島支店の単なる労務係でかような選挙費用を支出する権限を有する者ではなく、右要求もかかる権限を有する者に到達しなかつたから、右要求罪は成立し得ない旨主張するけれども、右罪における供与を要求する相手方は、候補者のために当選を図る意図のある者であれば何人たるを問わず、いやしくもその要求を受諾し得る可能性のある者であれば足りるものと解するところ、前掲各証拠によれば右竹下基之は、その出身地が島根県江津市である関係上鹿島候補の同県石見地区における選挙運動の実際面を担当した者であり、その指揮系統たる同支店弘報課長坂本昌雄ないし総務部長河相弘とは緊密の連絡を保つていた者であるから、右竹下の諾否如何によつては、金二十万円という金額はともかく相当額の買収費が同人を通じて提供せられる可能性は充分にあつたものと認められる。しからば、この点において右買収費要求罪の成立に欠くるところはないものといわなければならない

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人河相弘、同坂本昌雄、同竹下基之の判示第一の一別表(一)の(1)ないし(26)の各所為および被告人岩崎将名の判示第六の二の(一)の(1)ないし(4)の各所為はそれぞれ公職選挙法第二二一条第一項第一号第一二九条第二三九条第一号刑法第六〇条(但し、被告人岩崎将名については刑法第六〇条を除く)に各該当し、右各所為はそれぞれ一箇の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、それぞれ刑法第五四条第一項前段第一〇条に則り重い公職選挙法第二二一条第一項第一号の罪の刑に従い、被告人河相弘、同坂本昌雄、同竹下基之の判示第一の二別表(二)の(1)ないし(10)の各所為、被告人河相弘、同坂本昌雄の判示第二の各所為、被告人山根安太の判示第五の二の(一)、(二)の各所為および被告人岩崎将名の判示第六の二の(二)の所為は、それぞれ公職選挙法第二二一条第一項第一号刑法第六〇条(但し、被告人山根安太、同岩崎将名については刑法第六〇条を除く)に各該当し、被告人舟木泰治郎の判示第三の一の各所為は公職選挙法第二二一条第一項第四号第一二九条第二三九条第一号(被告人舟木泰治郎が判示のとおりその趣旨目的を諒してその現金を収受した以上右収受行為は選挙運動にあたるものと解する)に該当し右は一箇の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段第一〇条に則り重い公職選挙法第二二一条第一項第四号の罪の刑に従い、同被告人の判示第三の二の所為、被告人野上卯太郎の判示第四の所為および被告人山根安太の判示第五の一の所為はそれぞれ同法条項第四号に、被告人岩崎将名の判示第六の一の所為は同法条項第五号第一号に、被告人河相弘の判示第七の所為は同法条項第三号第一号に各該当し、被告人河相弘、同坂本昌雄、同竹下基之、同舟木泰治郎、同山根安太、同岩崎将名の以上の各罪は、右各被告人につきそれぞれ刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文第一〇条を各適用し、被告人河相弘、同坂本昌雄、同竹下基之に対しそれぞれ犯情重い判示第一の一別表の(一)の(1)罪につき所定刑中懲役刑を選択した上法定の加重をなしその刑期の範囲内において被告人河相弘を懲役一年二月に、被告人坂本昌雄を懲役一年に、被告人竹下基之を懲役八月に、被告人舟木泰治郎に対し犯情重い判示第三の一の罪につき所定刑中懲役刑を選択して法定の加重をした刑期の範囲内において同被告人を懲役四月に、被告人山根安太に対し犯情重い判示第五の一の罪につき所定刑中懲役刑を選択して法定の加重をした刑期の範囲内において同被告人を懲役三月に、被告人岩崎将名に対し犯情重い判示第六の一の罪につき法定の加重をなしその刑期の範囲内において同被告人を懲役五月に、被告人野上卯太郎に対し所定刑中懲役刑を選択しその刑期の範囲内において同被告人を懲役三月に各処することとし、被告人全員に対し情状により刑の執行を猶予するのを相当と認め刑法第二五条第一項を適用し本裁判確定の日から被告人河相弘、同坂本昌雄、同竹下基之に対し各三年間、被告人岩崎将名、同舟木泰治郎、同野上卯太郎、同山根安太に対し各二年間それぞれ右各懲役刑の執行を猶予することとし、検察官が被告人舟木泰治郎から押収した現金五千円は同被告人から判示第三の一のとおり供与を受けた金額の一部であり同被告人以外の者の所有に属しないから公職選挙法第二二四条前段に則りこれを没収すべきものとし、同被告人および被告人野上卯太郎、同山根安太に対し同被告人らがそれぞれ供与を受けた金額から右没収金額および一部他に供与した金額を控除した残額はなおその利益が右被告人らに残存するものであり、かつ、これを没収することができないので同法第二二四条後段に則り被告人舟木泰治郎から金三万円を、被告人野上卯太郎から金二万円を、被告人山根安太から金一万八千円をそれぞれ追徴する。訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文後段第一八二条により証人大塚芳男に支給した分は被告人河相弘、同坂本昌雄、同竹下基之の連帯負担とし、証人千代延定良に支給した分は被告人舟木泰治郎の負担とする。

(裁判官 高橋久雄)

(別表略)

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